千葉地方裁判所 昭和49年(わ)310号 判決 1975年3月18日
主文
一、被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処する。
二、右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は亡伊藤寅之助の三男であり、伊藤清は寅之助の長男であるが、寅之助の死亡後である昭和三三年ころから被告人と伊藤清との間で、千葉県八日市場市飯倉字中崎一三八五番の五の山林一反歩及び同市飯倉字中崎一三八四番の一(昭和四二年三月三一日表示変更前は同市飯倉字中貫一三八四番の一)の山林一反二畝三歩ほか一筆の土地の所有権をめぐり、被告人はこれを自己の単独所有であると主張し、伊藤清はこれを同人単独所有か或いは同人を含む寅之助の子供八名の相続共有財産であると主張して紛争が起り、以後紛争状態が継続していたが、昭和四二年伊藤清は被告人を被申請人として八日市場簡易裁判所に対し右三筆の土地について執行官保管立入禁止等の仮処分を申請し、同年二月二一日同裁判所はこれを入れ、昭和四二年(ト)第二号決定をもつて、右三筆の土地に対する被告人の占有を解き、千葉地方裁判所八日市場支部執行官にその保管を命ずる、被告人は右土地内に立入り工作してはならない旨の仮処分決定をなし、同年二月二三日同地裁八日市場支部執行官遠藤昭は右決定に基いて右三筆の土地に対し仮処分の執行をなし、同日以後右三筆の土地は執行官の占有下に入つたが、昭和四七年一月八日ころ被告人は右三筆の土地について前記仮処分が執行され執行官の占有下にあることを知りながら自宅の薪にするために右土地のうち八日市場市飯倉字中崎一三八五番の五の山林及び同市飯倉字中崎一三八四番の一の山林内に入り、同山林に生育していた松三〇本位を伐採して自宅に運び、もつて執行官の占有する森林の産物を窃取したものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
一、罰条 昭和四九年法律第三九号による改正前の森林法一九七条、刑法二四二条
二、刑種の選択 罰金刑選択
三、宣告刑 罰金二〇、〇〇〇円
四、換刑処分 刑法一八条
(争点に対する判断)
一、本件行為の対象について、
昭和四二年二月二一日八日市場簡易裁判所が伊藤清の申請によつて被告人に対して発した執行官保管立入禁止等の仮処分決定にはその対象物件として、<1>千葉県八日市場市飯倉字中崎一三八五番の五の山林一反歩、<2>同所字中貫一三八四番の一の山林一反二畝三歩及び<3>同所字太田入五〇一番の山林一反八畝二〇歩の三筆の山林が記載されており、また昭和四二年二月二三日付千葉地方裁判所八日市場支部執行官遠藤昭作成の仮処分執行調書にも右の三筆の物件について仮処分が執行された旨の記載があり、また昭和四九年二月四日付登記簿謄本三通によれば<1>八日市場飯倉字中崎一三八五番地の五の山林一反歩、<2>同所字中崎一三八四番の一の山林一反二畝三歩、<3>同所字太田入五〇一番の山林一反八畝二〇歩の三筆の山林についてそれぞれ昭和三八年二月三日付で八日市場簡易裁判所の仮処分命令を原因とする債権者伊藤清の処分禁止仮処分の登記がなされている(右登記は本件仮処分の前に伊藤清の申請によつてなされたものと思われるが、この物件が係争物件であつたことはこの登記によつても明らかである)。右の三筆の土地のうち<2>の山林一反二畝三歩についてその登記簿謄本には地名地番として「飯倉字中崎一三八四番の一山林一反二畝三歩」との表示があるのに対し、仮処分決定、仮処分執行調書、仮処分点検調書中の各物件目録並びに伊藤清の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中の被害物件の記載として「飯倉字中貫一三八四番の一山林一反二畝三歩」と記載されているが、前掲の検察事務官作成の報告書及び千葉地方法務局八日市場支局長作成の捜査関係事項回答書によれば、右は全く同一の物件であり昭和四二年三月三一日に登記簿土地台帳一元実施の際に従前の字名「中貫」を「中崎」と表示変更したにすぎないものと認められる。また<1>の山林一反歩についてその登記簿謄本には「飯倉字中崎一三八五番の五山林一反歩」と表示があり、仮処分決定、仮処分執行調書の各物件目録には同様の記載があるのに対し、仮処分点検調書の物件目録及び伊藤清の前掲各供述調書中には被害物件の記載として「飯倉字中崎一三八五番の一山林一反歩」の記載がある。しかしながら前掲の「八日市場市飯倉字中崎一三八五番の一」の登記簿謄本によれば右地番に相当する山林の地積は一反六畝一一歩で、所有者は磯部七郎であり、仮処分の対象とは明らかに異なり、従つて右仮処分点検調書の物件目録中の「飯倉字中崎一三八五番の一」の記載が「飯倉字中崎一三八五番の五」の誤記であることは明らかであり、また伊藤清の前掲各供述調書中の<1>の被害物件についての地番の記載は供述の際における同人の同地番に対する不明確な理解ないしは記憶に基づくものと考えられる。右の各事実によれば、裁判所の本件仮処分決定に基づいて執行官が仮処分の執行をなし、その占有を取得したのは判示のとおり千葉県八日市場市飯倉字中崎一三八五番の五の山林一反歩及び同所字中崎(表示変更前は中貫)一三八四番地の一の山林一反二畝三歩ほか一筆の山林であると認められる。
ところで本件に関し、起訴状及びこれに対する訴因変更請求書には被告人が伐採搬出して窃取した物件として「<1>八日市場市飯倉字中崎一三八五番の一山林一反歩及び<2>同所字中貫一三八四番の一山林一反二畝三歩の山林内の松三〇本くらい」と記載されていたが、差戻後の当審において検察官は右の<1>の地番に関しては「八日市場市飯倉字中崎一三八五番の五」と訴因変更の請求を、<2>の地番に関しては「同所字中崎一三八四番の一」と起訴状訂正をする旨申し立て当裁判所はこれを許可した。検察官は<2>の地名地番に関し「中貫」は「中崎」の通称でありこれを訂正しても物件の同一性は変らないが正式名称の中崎に訂正する旨釈明したので、当裁判所はこれを認めたものであり、これについて何らの違法はないと考える。また<1>の地番に関し「飯倉字中崎一三八五番の一」を「同所字中崎一三八五番の五」に訴因変更を許可するについては証拠として取調済の「飯倉字中崎一三八五番の一」の登記簿謄本によれば、同番地の山林は前記のとおり被告人の所有名義ではなく全く地積も異つており、仮処分の対象物件でなく、またそれまでに取調済の前掲各証拠を総合すれば仮処分対象物件は前記のとおり「飯倉字中崎一三八五番の五」の山林であることは一見して明らかであること、被告人自身が捜査官に対する供述、差戻前の原審及び当公判廷を通じ一貫して仮処分が執行された山林の木を伐つた事実を認め地名地番等については全く争つていなかつたこと、被告人が被申請人として執行官保管立入禁止等の仮処分を受けたのは本件仮処分一回限りであること等の事実によりこの訴因変更を許可しても被告人の防禦に実質的に不利益を及ぼすことはなく、また公訴事実の同一性についても問題はないと考えた。右の訴因変更許可について何らの違法はないと考える。
二、主たる訴因を排斥した理由
本件の主たる訴因の要旨は、被告人は昭和四七年一月八日ころ亡伊藤寅之助の相続人である伊藤清、伊藤中、伊藤勝治、伊藤由次郎、伊藤仟、伊藤まさ、伊藤サク及び被告人の八名共同所有か、又は伊藤清の単独所有にかかる千葉県八日市場市飯倉字中崎一三八五番の五の山林及び同市飯倉字中崎一三八四番の一の山林内の松三〇本を窃取したものである、というにある。証拠によれば伊藤寅之助は昭和三三年一二月三〇日死亡したが、その後まもなく寅之助の長男である伊藤清と被告人との間に右山林ほか一筆の土地の所有権をめぐり紛争が起き右の紛争は現に継続中であることが認められる。即ち、伊藤清は右土地は昭和一〇年三月ころ自分が他から買い受けたものであるから自分の所有に属するものである、仮りにそうでないとしても右土地は亡父寅之助の所有に属するものであり、寅之助及びその妻きくの死亡によりその子供達である被告人及び自分を含む八名の共同所有に属するものであると主張し、(民事判決書写)被告人は右土地は寅之助が生前に自分に贈与してくれたものである(被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書)とか、或いは昭和一〇年ころ被告人が他から買い受けたものである(被告人の当公判廷における供述)とか主張し、昭和四五年に伊藤清が被告人を相手にして八日市場簡易裁判所に訴訟を起し、右訴訟は現に控訴審たる千葉地方裁判所に係属中である。伊藤清の主張に添う証拠としては同人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、伊藤まさの司法警察員に対する供述調書があり、被告人の主張に添う証拠としては被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、証人伊藤勝治の尋問調書があるが、当裁判所としては右の各証拠及び本件紛争の経過、状況等を検討した結果、結局本件山林が被告人以外の者の所有に属することについての確実な心証は得られなかつたものといわざるを得ない。また仮りに本件山林が被告人以外の者の所有に属するとしても、前記紛争の経過、状況及び被告人の前掲調書、当公判廷における供述を総合すれば、被告人において本件山林につき不法領得の意思の前提となる「他人の物」であることの認識の点につき疑問を持たざるを得ず、いずれにしても主たる訴因としての窃取罪の成立は否定せざるを得ないと考える。当審において検察官は本件山林の所有及び占有関係を立証するための証人として伊藤清、伊藤サクを申請し、弁護人は同趣旨の証人として伊藤勝治を申請したが、伊藤勝治については差戻前の原審において証人として取調済であり、また伊藤清については同人の司法警察員及び検察官に対する供述調書が取調済であり両名についてはそれ以上の証言は期待できないであろうと考えたこと、伊藤サクについては差戻前の原審において同人と同様の立場にあると考えられる伊藤まさの司法警察員に対する供述調書が取調済であり、伊藤サクについてもこれ以上の証言は期待できないであろうと考えたことに加え、本件紛争の経過、現在の状況等に鑑み、右申請の証人を取調べたとしても心証形成(特に被告人の「他人の物」であることの認識の点)についてはほとんど影響を持たないであろうとの見込の下に右証人申請を全部却下したものである。
三、予備的訴因を認めた理由
予備的訴因に添う判示の事実は前掲証拠によつて優に認定できるところである。弁護人は、森林法には刑法二四二条を適用する旨の規定がないので、同条を森林窃盗に適用することは罪刑法定主義に反し許されない、と主張する。たしかにそのような見解をとる学説(注釈刑法六巻一三三頁)及び裁判例(下刑集五巻五・六合併号五五三頁)も存在する。森林法一九七条は森林における産物を窃取した者について行為自体は通常の窃盗と変りはないのにそれが森林の産物であるということだけで刑法に規定する窃盗罪よりも軽い刑を定めているのであるが、その刑が軽い理由として、林野庁経済課発行の「森林法解説」には、森林の占有(管理)の状態が他の財物の占有(管理)の状態に比してゆるやかであり、盗みやすい状態におかれていること、森林の産物の財産的価値が割合少ないことなどが挙げられている(長島敦著、刑法判例研究一巻三五〇頁)。しかしながら後者の理由は場合によつて異なりこれを一般的な理由とすることには疑問があり、主たる理由は森林の占有(管理)状態が他の財物の占有(管理)状態に比してゆるやかであり、従つて物の占有状態を一つの重要な保護法益とする窃盗罪の対象として通常の窃盗よりも軽い刑をもつて足りるとしたものと考える。森林法一九七条の趣旨が右のようなものであるとすれば、本件のように執行官の占有下にあるようなものについては例えそれが森林の産物であつたとしても正当な権限による占有状態を特別の保護法益とする旨を定める刑法二四二条の適用を排斥する理由はないと考える。また刑法二四二条はその行為の対象を何ら限定しておらず従つて仮りに森林法に窃盗罪に関する特別な定めがなければいわゆる森林窃盗にも当然に右法条が適用になることは明らかであるところ、森林法一九七条の規定は本来罪とならないものについて新たに刑罰の対象となるべきものを拡張して規定したものではなく、本来的に窃盗罪の対象となるべきものを前述のような理由によつてその刑を軽減したにすぎないものであり、これに対し窃盗罪の一般的規定である刑法二四二条を適用したとしても罪刑法定主義に反するものではないと考える。当裁判所は弁護人主張のような見解をとらない。
よつて主文のとおり判決する。